新曲《扇の調べ》の作曲と、振付作業———。
日本舞踊には、「素踊り」という技法がある。
絵画でいうデッサン———基本でありつつ、奥深く、決して学きることのできない領域———日本舞踊では、「素踊り」がこれにあたる———。
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かつて、着物が普段着だった時代は、着物=「素」の姿でした。
洋服が主流の今では、和服は、その特別さゆえに、たとえどんな色でも、どんな柄でも、「衣裳」あるいは「扮装」と捉えられていますが、特に黒の生地に紋が入っている着物と袴、という組み合わせはかつて、和服の礼装、今でいうスーツのようなものでした。
その姿、「素の姿」で、おどる、それが、素踊りです。

デッサンでは、何もない、白いカンバスに、鉛筆でさまざまなものを描く———花や木といった自然、犬や猫、牛や人間などの動物、テーブルや椅子などのもの———白い板の上に、鉛の線が走るだけなのに、そこにはいろいろなものが描かれていき、修練を積んだその先には、描かれたものと共に、ある美的な<表情>が現れてくる———。
ある素晴らしい画家の、寺院のデッサンは、カンバスのうえに寺院が見えるだけでなく、そこに「神聖さ」「静けさ」「静謐さ」が見えてくる———何でか分からないけれど、寺院の壁の岩の、ひやっと冷たいあの感覚と、建物の奥にまでひびく、屋外の木葉の擦れる音が聴こえてくる———。
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今回の《扇の調べ》でも、そんなことを目指しました。
「素の姿」という白いカンバスのうえに、性格のことなるさまざまな人が描きだされ、しかもそれだけでなく、その人物の感情、表情が、機敏に伝わるようにする———そのためにまず実験的に曲をつくり、振りをつけました。
そこにあるものとその息吹が感じられるように———新しい日本舞踊に向けて、また作品を作っていきます。
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作品|《扇の調べ》
作曲・振付・立方|坂東野里行
初演日|2025年3月10日
会場|浅草見番